窓の外、青々とした緑の畑は手を伸ばせば届きそうなくらい近い。高梨美代子さんの畑では、夏の日差しをうけて、野菜たちがいきいきと育っていました。
庄内町廿六木にある「農々家(ののか)」は、店主である高梨さんが自ら育てた野菜を調理して提供してくれる農家レストランです。すぐそばの畑から採ってきたばかりの新鮮な野菜をたっぷり使ったご飯を、その畑を見ながら味わえるという贅沢なロケーション。畑側の壁一面に広がる大きな窓からは、明るい日の光が差し込み、晴れた日には地域のシンボルでもある鳥海山を望むことができます。
「農業の忙しい時には店は空けられない。そんなわがままな商売だから儲からないのよ」と言って元気良く笑う高梨さん。「でもね、このお店はお金儲けじゃなくて人儲け。いろんな方とお知り合いになれて、それこそが一番の収穫なの」。
ここ農々家では、昼には一汁三菜揃った野菜たっぷりのランチ、夜にはそれにお肉のメインが加わったご飯が味わえます。基本的に高梨さんが1人で調理するため、前日までの完全予約制です。
夜には、予約の時点でメンバーを聞いて、お客さんに合わせた内容のメニューを考えるのだとか。例えば、お酒を飲む人が多ければお酒のつまみになるようなメニューを、お母さん世代が多ければキッシュのような洋風料理を(親世代と同居していると洋風の料理を食べる機会が減るため)というように。そうした細やかな心配りが喜ばれ、夜には地元の方の利用も多いそうです。
「自分で食材を持っている強みがあるから、たっぷりの野菜を出せる。それに、作った野菜を捨てたくないから、レパートリーも自ずと工夫するようになるの」。そう言って出してくれたお料理は、トマトのまるごとシロップ煮やインゲンの胡麻和えなど、野菜の鮮やかさが目にもうれしく、素材そのもののうまみをしっかりと味わえる丁寧な味付け。デザートには自家製の米粉で作ったチーズケーキまで付いて、やさしくお腹を満たしてくれました。
この店を開いたのは2013年のこと。娘さん夫婦がこの地に家を建てた際に、1階部分を「お母さんの好きなようにしていいよ」と言って、高梨さんを応援してくれたと言います。
「私たちの頃は、お祭りだ、お盆だ正月だと、行事のあるごとにお膳のごちそうを作ってきたでしょう。でも今はそういう時にはオードブルを頼んだりして簡単に済ますことも多い。そうすると若い世代の方は、そうした料理に触れる場がなくなってしまう」と高梨さん。この店を開いたのには、この地で昔から受け継がれてきた庄内の食文化を「伝えていかなければ」という思いがあったそうです。
「昔は冠婚葬祭もそれぞれの家でやっていたでしょう。ご近所でその手伝いに行ったりしてね。そういった場ではごま豆腐のあんかけや、棒鱈と大根の煮物を出す、なんて定番も決まっていたの。ただ、今はそうしたお料理もなかなか伝わらなくなっていて…」。生活スタイルの変化と共に食べられることの少なくなった昔ながらの庄内のごちそうを、「ここで食べて、覚えて帰ってくれたらうれしい」と微笑みます。
「私の料理の原点はお母さん」と語る高梨さん。「結局、教わらなくても親が作っていたものを感覚で作るようになる。だから、手作りのものを食べさせないといけないと思うの。食べることで伝わっていくんだなと思う」。農家をしながら育ててくれたお母さんの味が、今の高梨さんのお料理に深く受け継がれています。
また、お母さんだけでなく、前述した娘さん夫婦や旦那さんも「農々家」を支える大切な存在。
「世の男性に言うのはね、奥さんが料理上手になるかどうかは、旦那さんが『おいしい』と口に出して言うか言わないかで決まるということ。私の旦那さんは幸せなことに『おいしい!』と言って食べてくれるの。そうすると、『この次こんなお料理を出したらもっと喜んでくれるかな』って考えるでしょう」と素敵な笑顔を浮かべて教えてくれました。
農々家の料理に使う野菜を作るのは高梨さんですが、米作りは旦那さんが中心。また、春にたけのこやふきなどの山菜を採ってきてくれるのも旦那さんだそうです。さらに、忙しい時には配膳作業を娘さんが手伝います。「1人ではできないよ。家族の協力あってこそ」と、周りへの感謝を口にします。
「『お母さん』は太陽だから、お母さんがにこにこしていたら家庭はうまくいくと思ってるの。私が沈んじゃったら家庭は成り立たないの」。
太陽のようにニコニコと元気な高梨さんのお話を聞いていたら、聞いているこちらまでつい笑顔になります。高梨さんの作る美味しいご飯と温かい人柄に、店を出るころには体も心もぽかぽかになる気がしました。
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